■SS おちてふえる(2015/01/06)
:28*23 28視点

「あなたがおとしたのは昼の六本木史ですか?それとも夜の六本木史ですか?」
目の前に提示された選択肢は、嫌な方向でミラクルを発揮した結果に違いなかった。
ただ、全く味わったことの無い光景とは言い難いのが又、頭痛を加速させる要因でもある。
日本一の乗降客数を誇る新宿駅であれば、この光景は別段珍しくも無い。双子の気まぐれな遊びで入れ替わったのを咎める際は、同じ顔を並べ連れ帰るべき相手を選択する。
しかし、今回の相手は別路線に乗り換えられる駅ではあるが、双子であるというのは聞いたことが無い。
そして二人の間に立つ男は、その表情が仮面で覆われていて真意は全く伺えない。

自信ありげにしているのが夜、不安そうにこちらを気にしているのが昼、だろうか。こうして並べて比較するのは初めてだが、改めてみると結構違うものなのだなあと、まじまじと見る。
「本来の六本木に、昼も夜もないでしょう…だいたい落としてもいないのに…」
「ほう、都庁君は正直者ですね。では、そんな正直者には両方とも差し上げましょう。」
「…は?」
かくして、傍らに六本木が二人居るという状況が、望まずとも生まれてしまったのだった。

 

とはいえ、経緯も解らず単純に受け入れられるものでもない。
当然、この状況でお客様を迎えるわけにもいかず、どうしたものかと思ったところに、
「何か起きても困りますので、リーダーとして責任を持って管理していただけると助かります」
去り際、置き土産のように告げられたわけだが。
(つまり、車掌にもこの事態は対処しきれないということでは…)
混乱で頭痛が酷くなるだけで、具体的なことは何も解らないまま。
「あ、あの…都庁さん」
自分と、二人になってしまった六本木とで車両を降りる。管理の都合上、都庁前駅─つまり、自分の拠点に連れてきたわけだが。
「この後、都庁さんの部屋で─ってことだよね?」
左右から同じ声が飛んでくると、なんとも落ち着かない。
「念のため確認しておくが、心当たりは当然無いということでいいか…?」
「多分、都庁さんのせいだよ」
俯き唸る様にしていたところから顔を上げると、すぐ傍に不敵な笑みを浮かべた六本木─夜のほう─が迫っていた。悪戯っぽくこちらを見たと思えば、積極的に腕を取って絡めてくる。
「ちょ、ちょっと、何してるの」
対して、一歩離れたところから焦っているのは、昼のほうか。
「何、って…決まってるじゃない?僕たち、都庁さんと一緒に夜を過ごすんだから…することは想像出来るでしょ?」
「と、都庁さんはこんな状況でそういうの、怒ると思う!」
「ちゃんと考えてることは同じだね。ふふっ、いいじゃない。そうなれば、するのは僕で、君じゃないんだし」
「そういうことじゃない、目の前でしかも僕の見た目でそんなことさせないって言ってるの!」
予想外の出来事にあって、当人達(と括っていいものか迷うところだが)いつもより元気そうに見える。
「冗談で言っているのではなく、本当に私に原因があるのだとすれば…それが解らない限りはこの状態が続くと見るべきか?」
特に、昼の六本木は大人しいイメージがあったので、相手が他人ではない?とはいえこんなふうに声を強めることそのものが稀だ。
「他の誰かならともかく、僕自身が相手なら絶対負けたくない」
「じゃあ、どっちが上手く都庁さんを誘えるか…競争だね」
キッ、と選択を迫るかのようにこちらを見る二つの顔は、昼も夜もなく全く同じに見えた。
「…頼む、こちらを置き去りに話を進めないでくれないか…」
多分朝までの時間は、想像以上に長くなるだろう。この嫌な予感が当たってしまうであろう確率を考えて、盛大にため息をついて肩をおとした。

改札を出て地上に至ると、見えた空は既に夕刻迫る色に変わりつつあった。あまりのことに、発着を知らせる電光掲示板の数字がろくに見えていなかったのは確かだが…
「いつもなら、もう少しした辺りで夜の状況になるのだったか」
人格というほど大きなものではないにしろ、雰囲気が時間帯で変わる。六本木駅として、周辺の町が変化することをその身で表しているということも、なんとなくでしか解っていなかったところにこの状態だ。
「切り替わりになったら、昼のお前はどうなるんだ」
普段はあくまでも同じ、一人の『駅』である。しかし今、二人の同じ『駅』となっているうちに、もし良くない形で切り替えが起こったら…
「僕、消えちゃったりしないかな…」
「僕のほうが残る、とか?正直それはそれでって思うけど…ああ、でも都庁さんは困るかな?」
駅の深さを体現した思考で、昼の六本木は良からぬ想像に至っているようで心配された。
反対に、夜の六本木はこれからだと言わんばかりの自信に満ちているかと思えば、やはり先を思うと落ち着かないのか、不安そうに見える。
「往来で何か起きても困るな、とりあえず急ぐぞ」
二人の手を引いて、焦る気持ちが先行するように自室へ走る。
触れた指先から体温が伝わるのが、今はとても重要なことのように思えた。

玄関のドアを急いで開け、電気のスイッチを入れて招く。ここまで特に懸念されたような悪い出来事には至らず一安心だ。
「お邪魔します」
声が二重に聞こえるのが可笑しい。
「どうだ、気分が悪くなったりしていないか…?」
「う、うん、多分大丈夫…でも」
時間が過ぎ行く流れに抗うことは出来ない。昼の六本木に不安が募っていくのを感じて、胸が苦しい。
「このままの状況で昼間の僕が居なくなったら、困るのは僕自身だからね」
「…どういうことだ」
怯える昼の六本木は力を無くしているようで、肩を抱いて支えてやると僅かに震えているようにも感じられる。
「ねえ、都庁さんの好きな僕は…どんな僕?」
真剣な眼差しを向ける夜の六本木の言葉の、真意が汲み取れず黙ってしまう。
「車掌さんの選択肢、都庁さんは本当に何も考えずに答えた?」
言われて、どう選択したかを思い出す。この件に深い意味があるとは思ってもいなかったので、改まってみると軽率だったかもしれない。
「昼も夜もないって言う答えを、するりと選んだ気がするけど…都庁さんは、どんな気持ちで僕たちを見ているの?」
「深い意味などない。文字通り、元は二人に分かれているでもなく、昼でも夜でも、どちらも六本木だろう」
「じゃあ、改めて確認するけど…都庁さんが、僕を好きって思ってくれたのは、どっちだった?」
私と六本木が、ただの仕事仲間という枠に留まらぬ関係になったのは、暫く前からだ。
特に吹聴する必要も無いが、殊更に秘めておくべきものかというと断言は出来ず…しかし、この話の流れを鑑みるに、経緯の程度はともかく車掌には把握されていると見るべきか。
単にリーダーだから任されたのではないということなら、改めてこの状況に向き合わなければ。
「仕事柄、一緒に居る時間が多いのは…昼の僕だよね」
「でも、二人きりで過ごす時間が多いのは、夜の僕。都庁さんは真面目だから、明るい時間に近付くのは良しとしないし」
「だから、都庁さんはやむなくどちらかって言われたら、選ぶかなって思ったのに…こうなるなんて」
二人共不安なようで、縋るように触れてくる。
「僕の内側が不安定になってるって、車掌さんに指摘されたんだ」
「その不安で、分離しちゃって。ただ、原因がそうだろうと思われても、僕たちには戻し方までは解らなくて」
経緯も大概だが、それならいっそ選んでどちらかにしてしまうとは、随分とショッキングな方法で迫るものだと驚いた。
「都庁さんは、僕の一部を否定しないっていう形を選んだ。優しいから、そう言ってくれただけかもしれないけど」
「そのことは、嬉しかった。だけど今、こうして二つに分かれてしまって…もし片方が消えるかもしれないって思ったり」
「その逆で、ずっとこのまま二人でいるっていうのも…都庁さんを困らせることになったら、流石に嫌われちゃうかな?」
反対の面を同時に一つで考えてしまうのは…六本木の長所であり、短所でもある。
取り立てて手が掛かるわけではないが、放っておけないと思わせるのは、そのせいだろう。
目が離せなくなって色々を知るうちに、気付いてしまった。
そっと、胸に抱き秘める想いで終わっても構わないと、それで満足していられたら良かった。
(実際はこんなにも強欲だったと気付かれたら、それこそ嫌われても仕方が無いと思っていたのは、こちらのほうだというのに)
「少しくらい困るのは構わないが」
「…言っちゃっていいの?」
二人共、同じ顔で驚いた後に…夜は少し意地悪に笑い、昼は一層困った顔に変わる。そして、直前の自分が失言をしたのだということが、ぞわりとした背中の感覚で解ったのだが…時既に遅し。
「じゃあ、もっとたくさん困らせちゃおうかな?」
「抜け駆けなんてずるい、僕も負けないからね!」
「ちょ、ちょっと待て!勝つとか負けるとか以前に、だな…!?」
「だって、都庁さんにおとされたんだから、ちゃんと選んでくれないと!」
流石に、好きな相手が二人になり、同時に誘惑してくる状況への対処法など知りうる筈も無く─。

 

…というところで目が覚めた。
(夢か…しかしなんという恐ろしい状況を…)
身体を起こそうとして、思うように動かせないことに気付く。
目覚める寸前に得た感覚が、そのままに蘇ってくるような背筋の気配を感じて、視線をそろりと動かす。
「そんな、馬鹿な…」
柔らかな髪の感触を両肩に感じてしまい、現実と夢との区別がつけられなくなったのかと困惑に揺れる。
(これも夢か!?夢なんだな!?)
暖かな布団の中で寒気が加速するようで、判断能力の劇的な低下も懸念される以上、ここで選ぶべき答えは。
「二度寝、それしかない。」
恋に落とし夢に落ちる。困ったことに、この状態からは未だ覚めそうにない。