■SS ラブレターの日+キスの日:出せない手紙(2014/05/23)
:28*23 28視点

「では本日はこれで解散だ。何か質問は?」
今日も今日とていつものように、使命のかかった仕事をこなす。
営業時間を鑑みて日々多くの対応が出来るわけでもないが、本日の業務が一区切り付いたところでその旨確認することと、明日以降見通しのある場合は予定についても確認して、最後に何かあれば別枠で…といった体で締めるのだが、基本特別に話が長く繋がることのほうが稀だ。
独自のダイヤグラム?に従って言い渡される案件は謎も多いが、概ね正確である。
特に手も挙がらずそのまま自らの本来あるべき所在地に戻ろうとした時、ふと軽い振動を感じた。
ポケットに入れられマナーモードに設定されたスマートフォンの報せである。
基本的には連絡相手は同じ形容の『駅』である点から外れないので、わざわざ通信機器を経由してとなると…この場に居ない者からだとばかり思って、しかしなんとなく妙な予感があり、それに素直に従いさして間を置かずに画面を確認してみた。

件名:お疲れ様

他愛もない上に別段急を要するでもなさそうな社交辞令。それと共に記載されている差出人の表示を見て予感は困惑になり、直ぐにロックを解除し詳細を確認せざるをえなくなった。

:今日はもう少しで終わってしまうけど、何の日か知ってる?
 …ラブレターの日、なんだって。
 だから、貴方に贈っておきたかったんだ。

 大好き。

…驚いて画面を何度も確認してしまったではないか。
(さっきまでずっと隣に居ただろう…。)
業務中には顔を合わせてすぐ話せる距離に居た差出人の姿を探すが、既に降車してしまったのか姿が見えない。
(全く、どうにも掴めないところがあるな…六本木には…。)
暫く画面を凝視し、スクロールが伸びて画面が続くことに気が付くまでに数秒掛かってしまっただろうか。
画面をなぞると、空白の改行が少し続いて…その後現れた文章に盛大にため息をついた。
未だ同じ車両に残っていた他の駅から見たら、仕事に激しく疲れたように思われてしまったのではないかという不安が出てくる余裕もない。

 それともうひとつ。キスの日、らしいから…あとで出来たらいいな。

文章の終わりを示す記述にやっと到達して、僅か思考を飛ばしてから…今度は天を仰いだ。
ミニ地下鉄と呼ばれ小型化に努めた設計である大江戸線の車両の天井は、高身長の自分からすると酷く近しいもののような気がしなくもないが、今回ばかりはその天井を相手に悩み相談などしてみたい気になりそうで大層困った。
(全くあいつは何を考えて…。)
しかし、その答えはすぐに見つかってしまう。
(いや、こういう形を取るところは、六本木らしいとしか言いようがないか。)
隣に居ても口に出して人前─厳密には人ではなく駅なのだが─で軽々しく告げていい内容ではないと承知しているからだろうし、小さな遠慮が酷く胸をざわめかせる力を持っている気がしているので、こうした形に出ることには納得できないとは考えない。
他の駅相手に同じように接しているとはあまり…個人的に考えたくないので、この感覚が誰かに理解されるということはないだろうが。
こちらを少しだけ困らせるさまが魅力だと思ってしまうくらいには、自分自身も困ったことになってしまったなあと呆れもする。

何より、秘密裏に行われた逢瀬の誘いを断ろうと思いもせずにいる自分自身には、ほとほとまいっている。
そして、それが状態変化の異常だとは思えないほどに常態化しているくらいには、どうしようもなく。

最後にもう一度メッセージの全体を確認したのち、返信を押して文字を打とうとして…少し考えて取りやめ、替わりに電話帳を呼び出し展開する。
下書きに保存する確認ダイアログが展開するが、それを拒否して通話相手を選ぶのに迷いはない。

「…六本木、今回のメールの返答は直接会ってからしようと思うが、今どこにいる。」

恋人のちょっとした意地悪が可愛いと思えるようになってから、もうどのくらいになったのか。
その日を覚えていたとしたら、記念日になりえたのだろうか。

相手の所在を聞き出して、さて今夜この後はどうしてくれようと考えながら向かう足取りは少し、荒い。