■SS 某広告コピー:告白しなかった恋は、どこへ行くんだろう。(2014/01/13)
:28*23 28視点

ずっと、言葉にしてはいけないものだと戒めてきた。
理由はいくつもある。
相手が同性だからとか、自分の立場であるとか、そもそもこの思いが自分達の存在に宛てるに相応しいかどうかさえ解らない。
(これが仕事であれば、どんなに簡単で苦しかっただろうか。)
仕事であれば、割り切ってしまえるし、ずっとそうしてきた。
自分達が普通ではないことを理解していて、普通の女性であるお客様の抱く思いが絡まってしまったことが原因である場合は、解く手伝いをする…それが存在理由であり、仕事である。
ましてや、その仕事に於いて自分はチームを束ねるリーダーという立場だ。
それ以前に、路線の起点であり、終点である。
なんだかんだと騒がしい仲間から酷く疎まれるでもなく、恐らくそれなりに認められているものと自負するだけの仕事はしてきたつもりだし、誇りに思うのにも偽りは無い。
なので、考えてもみなかった。
自分のその立場や立ち位置が、障害になってしまう日が来ようとは。

又、この思いで相手を困らせてしまうことも間違いなくあるだろう。
思いの重さだけでなく、先述の自らの立場が原因になることは想像するに容易い。
これからもずっと、この仕事を続けていくのだから尚更だ。
職場の空気を乱すことになれば、気の迷いでしたでは済まされない。

軽く考えてみただけでも、これだけの理由がぐるっと出てきてしまうのだから…とても形に出来る気はしない。

この思いは、現してはいけないもの。
強く、深く、胸の内に閉じ込めておくべきもの。
恋という名の思いが囚われた先。内側で、じくじくと疼く。小さくも途切れぬ力はやがて、暴れだすのではないか。
抑えきれなくなってしまったら…どうなるのだろう。
思いを抱くことも、秘めることも、経験などない上当然のように知識として役に立つものを目にしたことは無い。
こうした思いを抱えてご乗車されているのが、お客様なのだろう。
成程、あちらの気持ちが解るようになったのは、ある意味貴重な経験だ。
しかし、普段自分達はその悩みを解決する側にいるわけで。
…この場合、自分の悩みをどう解決したらいいのだろう。
自分で手に負えないものならば、やはりお客様にして差し上げているように、皆で考えたうえで対処するのが妥当なのだろうか。
だが、言葉にして現してはいけないものだというのも解っていて。
あとどのくらい耐えられるのか?耐えることそのものが可能なのか?
胸が痛いような、苦しいような…小さく吐息を口にしたのを引き金にするように顔を上げる。
ぼんやりと、ドアガラス越しに隣を眺めた。他の路線のものより狭いとされる車両に、数人仲間の姿が見える。
その中を探してしまう。
今、自分の居る場所から距離があるのだろうか、目当ての相手は見つけられなかった。
(探してしまうことそのものが、既に間違いなのかもしれない。)
お客様がご乗車になる予定がない間は自由行動が可能とはいえ、自分も長く席を外しすぎただろうか…と踏み出そうとしたその時。
ガラリ、とスライドドアが動く音がする。
目の前のドアは動いていない。
「あっ、都庁さん。こっちにいたんだね。」
振り返った視線の先に在る声の主。
告白出来ずにいる恋の宛先は、いつものように少し見上げてこちらに微笑んだ。